「グローバル化に必要な地域医療とは」という題目で今回の講義を受けた。この授業はグループ形式で自分から意見を述べることが求められた。こうした授業は他の講義ではなく、自分の考えを持って授業に参加することができた。この授業で得たことは、今まで持っている価値観を壊して、新しい価値観を見つける力である。特に、今まで自分が勝手に抱いていた物事に対する固定観念を取り払うことは難しいが、これを行うと新しいものの見方が得られることを実感した。その新しい物の見方に納得ができなかったら、元の考え方に戻ってもいいとも思った。自分で一回既存の考え方を疑ってみたという事実がとても大切だと実感した。
今までの講義の中で、様々なテーマについて考察してきた。その中でも印象に残っているのは、「ガンでの余命宣告」の話だった。
授業でガンの余命宣告は、自分が想像していた、何もせず放置した時に残りどのくらい生きていけるのかという事を伝えるというものではなく、抗がん剤を使用したときの余命を伝えるというものであった。この事実を伝えられた時はとても衝撃的であった。自分は、固定観念に縛られていたと気がついた。さらに、余命宣告を受け入れるか、という問いには、ほとんどの人は、受け入れると答えていた。しかし、余命宣告で用いる細胞診という検査の正確性を100%と答える人はいなかった。余命宣告を受け入れることは細胞診も信じなければならないが、実際にそういった人は少なかった。医者のいう事は絶対だという固定観念と医療には絶対がなく、診断には誤診がつきものだという固定観念が対立してしまった例だ。この場合、整合性を取るために、どちらかの考え方を変えてもう一方の考え方に矛盾しないようにするか、両方の考え方を変えるかのどちらかの方法を選択する必要がある。次に述べる考えも先入観が入っているかもしれないが、細胞診が100%で当たることはまずない。授業でも言っていたが悪性腫瘍と良性腫瘍を見分けるのは難しい。しかし、医師が絶対だという事実ない。過去の医療事故のニュースがそれを物語っている。医師を全面的に否定しているのではない。医師は一般の人よりは医療の教育を受けているわけで、医療の専門家である。そうした専門家の意見は聞き入れるに値する。しかし、それを鵜吞みにしてしまうのは危険である。なぜなら、医師が必ず正しいとは限らないからだ。患者自身がよい医療を受けたいと思うなら、患者が自ら積極的に医療のことを知ろうとする姿勢が大切になってくる。
今回の授業では色んな学部の学生、社会人の方、外国人の方などが参加していた。色んな考えを持つ人の意見が聞けて良かった。また、人の意見に耳を傾けること、自分の考えを疑ってみること、そして、自分の考えを持つこと力を身に付けることが出来たと思う。
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